秋山好古は、日露戦争の凱旋にさいして、部下が世に戻り 生きていくために、訓戒歌のようなものをしめしたそうだ。 その一部はつぎのとおりである。   騎兵第一旅団凱旋歌   別れに臨んで教え草、先づ筆取りて概略を   自労自活は天の道、卑しむべきは無為徒食   一夫一婦は人道ぞ   酒色の欲を戒めて、品性修養怠るな   日が暮れたなら天を見よ、常に動かぬ北斗星  (無為徒食 むいとしょく 働かず遊んで暮すこと   一夫一婦 いっぷいっぷ 単婚   酒色 しゅしょく 酒と女遊び   修養 しゅうよう 学問を修め心を鍛え人格をみ            がくこと) おなじようにして、好古が子供たちに作った歌があること もわかった。   興志子よ健子よ信好よ 古来稀なる日露戦   父は遼陽、奉天に 小伯父は旅順に日本海   勝利の名をば懐に 我家の名をば顕せり   平和克服茲に成り 思ひ出すは親心   今より後は汝等が 働く時は来りけり   自労自活は天の道 卑しむべきは無為徒食 ここで注目するべきは、「自労自活は天の道、卑しむべき は無為徒食」という文句が、子供たちにもつたえられてい るところにあるとおもう。好古がかんがえ、そして実践し ていた生活への本質を、ここにみれるとおもう。 好古の人生にたいする考えかたは簡素である。まず、自分 が飯を食えるようになること、つぎに家族を養えること、 つぎに国家に貢献すること。そして、けして功績を欲せず、 成果をあげたのちは、田舎にひっこんで閑居すること。人 間は死ぬまで働くこと、である。 好古の人生は単純明快で、そして魅力的だ。大言壮語もな く、現実にもとづいていて、質朴で質素で、一生をもって して一事を成しとげるよう努力し、そして功績は欲せず、 さっさと閑居する。本人も気持ちがよければ、まわりの人 間も晴れやかに気持ちよく感じただろう。 好古の残した言葉を諳じることはたやすい。ここで本当に 考えなければならないのは、なぜ好古がこうした考えをも つようになったのか、どういった教育や環境がそのような おもいを育てたのか、それを知るべきということだとおも う。 わかっているところでは、たぶん四書五経がベースにある。 武家書法度もあるとおもわれる。福沢諭吉の書物に影響さ れたところも大だとおもう。 秋山好古は福沢諭吉を尊敬していたという。軍人になる必 要がなければ、慶応で福沢氏を師事したいと考えていたと いう。 その諭吉氏が創設した慶応の「修身要領」に、次の項目が ある。  3 自ら労して自ら食ふは人生独立の本源なり。独立   自尊の人は自労自活の人たらざる可らず。  9 結婚は人生の重大事なれば配偶の選択は最も慎重   ならざる可らず。一夫一婦終身同室相敬愛して互   に独立自尊を犯さざるは人倫の始なり。 好古の、「自労自活は天の道」、「一夫一婦は人道ぞ」と いう文句は、諭吉の考えに影響を受けたものではないかと おもう。 好古はうまい歌詠みではなかったようなので、彼の訓戒は 歌としてはうまくないが、内容は吟味するにあたいすると おもう。 好古は物事にたいしてつねに偏りのない視点で取り組み、 合理的に考えて取りくんできたようだ。彼の訓戒も、諭吉 の考えの影響を受けつつも、好古のなかで咀嚼され、彼な りの考えのもとに蒸留されてまとめられたものだとおもわ れる。