酒屋や飲み屋で、すず音やひめぜんをみつけると、初夏の まえの、この季節そのものの匂いがする。 学生のころは、好んで日本酒を飲んだ。一夜で一升あける こともざらだった。けれど最近は、日本酒はあまり呑まな くなった。太るからだ。 最近は、もっぱらビールと蒸留酒を飲むようにしている。 ビールも太ることは重々わかっている。しかし、なにはな くとも、ビールなしには語れまい。 大学のころは、よく先輩と飯をたべた。ちかくの安いスー パーで鍋の材料を買い、となりの酒屋で日本酒を買う。こ の酒屋には、上等な純米酒や吟壌酒がやすく売っていたの で、材料費とあわせても、一人千円もしない。 先輩が、さもうまそうに日本酒を飲み干すので、自分もつ られて酒を飲んだ。笑って飯を食い、うまそうに酒を飲む。 自分はこれまでなんども心地好い酒を飲んだ。けれどこの 時の酒は、きわめつけに愉快で、これまでも、そしてこれ からも、これほど快酔する日々はないかもしれない。 酒はおいしいが、残念なことに決定的な欠点がふたつある。 飲めば飲むほどさらに飲みたくなる。まさに湯水のように 飲んでしまい金がかかる。しかも、二日酔う。 名古屋にきた当初は、毎夜飲んだ。 誰しもおもうところがある。そんな夜は酒を飲む。学生の ことは体力があるからたくさん飲む。金はないので安酒を 飲む。 えてして、そんな酒では鬱懐はとれないものだ。けれどまぁ、 だれにもそんな時期はある。 名古屋にきた当初、店を探すいみもふくめて、そこらの飲 み屋に入った。そこですず音に会った。目を丸くした。 すず音はシャンパンに近い。度数4〜5%の発砲日本酒だ。 原材料が米ということもあり、あるいはシャンパンよりも 日本人好みの酒だ。 丈のある細長いグラスにすず音をそそぐ。細かい泡がグラ スの中でチロチロとあがっていく。蛍のような小ささだけ れでも、たしかにすずの音がきこえるようだ。 一年経って、先輩を連れてこの店にきた。 残念ながらすず音はないという。なかなか入荷できないし、 そもそもこの季節しか手にはいらないのだという。がっか りしていると、女の給仕の方が、ひめぜんをすすめてくれ た。 ひめぜんにも驚いた。ひめぜんは白ワインに近い。度数は 8%前後で、これも白ワインよりも日本人好みの酒だ。 そういえば、後でその給仕の方が白ワインを左手にあらわ れて、一杯づつそそいでくれた。すず音をお出しできなかっ た、せめてものお詫びだという。 調べてみると、ひめぜんはすず音のベースになった日本酒 なのだそうだ。このころ、日本酒についてひととおり調べ、 本醸造、純米、吟醸、原酒、濁り酒といった種類分けや、 日本酒造の歴史を知った。現在、日本酒の製造技術はその 頂点にあるそうだ。ようするに、どの日本酒もうまい。 すず音やひめぜんはこの季節、初夏よりちょっと前の、ちょ うど今くらいに飲める。    五月雨や グラス飲み干す すずの音 だからだろうか、すず音やひめぜんを見かけると、またこの 季節が来たのだなぁと思う。